花見と視線の話

 電車などで、通勤途中、読んでいた本から、ふと顔を上げると、向かい側に座った年配の男性と目が合う。信号待ちで、何の気なしに横を見ると、若い女性と目が合って慌ててそらす。というような経験は、誰でもあるのでは‥?
 今まで、これはタマタマだろうと思っていた。しかし「視線」というものは、科学的にも存在するらしい。
 分子生物学者、福岡伸一氏の著書「世界は分けてもわからない」によれば、猫や夜行性の動物の目が夜、光るのは目に入ってきた光が、網膜を通過して、一層下部にある反射板で反射し、もう一度網膜を通過して光の入ってきた方向に戻されるから。
 これは、網膜を同じ光が2度通ることで、暗い中でも映像をより鮮明化しようとするための構造らしい。
 そして人間でも、フラッシュを浴びた時の写真で、時々見られる「赤眼」がある(最近のカメラは自動的に修正されるので知らない人もおおいかも)。 フラッシュから出た光が網膜を通過して、眼底の血管網を通り、反射してカメラレンズに戻る。つまり視線がカメラに送られている。
 フラッシュのように強い光でなくても、太陽光や蛍光灯の光や反射光を「視線」によって送れば、わずかだが、他の人が気づくことがある。
 サラリーマン時代。強烈に視線を感じたことがある。
 いや、けっして犯罪者と間違われて騒がれたり、うっかりズボンをはき忘れて出勤したというのではない。
 昼休みに食事に出かけたときに、今まで経験したことのない異様な数の視線を感じた。
 正確には私に視線が向けられたのではなく、いっしょに歩いていた後輩だった。彼は端麗なマスクとスラットしたスタイルで、たしかにウチの会社を選ぶより、ジャニーズ事務所を選ぶほうがいいルックスだった。
 そう、視線(その多くは若い女性のもの)は彼に向けたもので、すれ違う女性がみんな振り返っていたのには、びっくりした。今まで振り返ることは何度もあったが、振り返られることは皆無だったから。
 そして、時を越え、今日もわずかだが、視線を感じた。
 午前中、店がヒマだったので、昼に弁当をもって近くの公園に。持っていた弁当に花見に来ていた4人の子どもたちの視線が‥。なるほど弁当を買いに行った親がなかなか帰ってこないらしい。お腹減ってるのね。
 しかし、あまりの強い視線に少し弁当が減ったような気がした。